も自分の云はうとした上を、男が押しかぶせて來たやうな心持に聞取れた。それ丈け男の詞がいかつく女の耳に響いた。不愉快さが一時に心頭に上つて來た。
「ああ、それは私の爲事《しごと》の一つでしたわねえ。貴方に吩付《いひつ》けられた。」女は居住まひを直して男の眞向《まむき》になつた。
「そして殘酷な……」と云ひ足して女は微《かすか》に笑つた。頬のあたりにいくらか血の氣が上つて、笑つたあとの眼の中には暗い影が漂つて居る。
「どうしたと云ふのです。」亨一は著述の筆を措《お》いて女の詞を遮《さへぎ》つた。
「靜岡へ送金することは、私の爲事の一つでしたわねえ。貴方の先《せん》の奥樣の小夜子《さよこ》さんへ手當を差上げるのが。」
「それが殘酷な爲事だと云ふんですか。」
「さうぢやないでせうか。」
「これは意外だ。私は貴方に強制はしなかつたでせう。」
「ええ。けれど結果は一つですもの。」
 亨一は女の感情が段々|昂《たかぶ》つて來るのを見た。云へば云ふ程激昂の度が加はるであらうと思つたから、何も云はずに女の様子をただ見つめて居た。もう女は泣いて居るのであつた。
 亨一と小夜子との間は二年前にきれてしまつた
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