つた。
「よく考へて見よう。」と云つた丈であとは何も云はなかつた。
東京に一泊して悄然として亨一は、伊豆の侘住居《わびずまひ》に歸つた。すず子の顏を見ることさへ苦しいのであつた。すず子は略《ほぼ》事の結果を推想して居た。亨一の歸りを出迎へたとき、その推想が中《あた》つて居ることを了《さと》つた。そして亨一の心中を想ひやつて氣の毒に思ふ心のみが先に立つて居た。
「すず子さん。」歸つてから、挨拶の外は何も云はずに考へ込んで居た亨一は、女の名を呼んだ。極めて改まつた聲であつた。
「私は貴方にお詫びします。私は生意氣でした。金策の宛もないのに、無暗に意張つて、貴方の折角の決心を遮《さへぎ》つた。もう貴方の自由に任せませう。どうならうとも私は異議がありません。」
すず子はやるせない思ひで之を聞いて居た。
「私の決心は一昨日《をととひ》とは變つて居りません。それよりかも一歩進めて考へました。私は貴方と別れます。今日限り別れます。」
「それはどう云ふ譯で。」
「譯なぞ聞いて下さいますな、後生《ごしやう》ですから。私はただ別れたいのです。貴方とかう云ふ間柄になつた初めのことを考へますと、やつぱり譯もなにもなかつたんですわねえ。だから別れるのにも譯はないことにしませう。」
「貴方と別れる位なら、私はこんな苦心をしやしないですよ。」
「さうです。それはようく私に分つて居ます。貴方がどれ丈け私を大切に思つて居て下さいますか、私はすつかり貴方の心を了解しつくして居ます。それでもまだ私から別れると云ふのですもの、貴方が譯をききたいと仰有《おつしや》るのは當り前の事なのです。ねえ、貴方。それは今はきかずにゐて下さい。それを申しますと、私は悲しくなりますし、覺悟も鈍《にぶ》ります。譯は自然とわかつて來ませうから、それまでどうぞねえ。」
「ぢや譯は聞きますまい。其代りすず子さん、私も以前の生活に戻ります。貴方の計畫。貴方と三阪と多田との計畫の中へ、私を加へて貰ひませう。」
女は愕《おどろ》いた。なんと返事をして好いかも分らなくなつた。ただ男の顏を見つめた。
「私は男子として忍ぶことの出來ない汚名をきせられた。千秋の恨事とは正に此ことでせう。いつどうして、どこに之を雪《すゝ》ぐか、私には宛がない。ただ一つあるのは、貴方の計畫です。あれに加はつて、思ふ丈のことをすることです。」
亨一が東京へ行
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