見えて来た。朝からぢつと欝《ふさ》ぎ込んで、半日位は口をきかない様なこともある。さう云ふ時に限つて、女の様子は一面にそはそはして居るのであつた。夜なども胸苦しさうに溜息をしたり、寝返りをしたりして、容易に寝付かれないらしい。こんな事が幾晩も幾晩もつづくことがあつた。ある晩亨一は昼の労作のつかれで宵の中《うち》からぐつすり寝入つた。そして夜中に目をさました。もう全くの深更であつた。そつと頭を上げて女の容子をうかがつた。すやすやと女の微かな寝息がする。
「今夜はよくねむつてゐる。」亨一はかう思つて枕許のマツチをすつて女の傍へ火をかざした。女の寝姿が明るく男の目にうつつた。きつと結んだ口元には不穏の表情がある。泣き乍ら寝入つたのではあるまいかとも思はれる顔付である。火がきえると室は再びもとの暗に戻つたが、今見た女の寝顔がはつきりういて見える。亨一は起き上つてランプに火をつけた。女の頭の傍に拡げたままの手帳が一冊はふられてあるのが目に入つた。亨一は手をのばしてそれを取り上げた。
「犠牲は最高の道徳でない。けれども犠牲は最美の行為である。」女は書き出しにかう書いてゐる。
「死は人間の解体である。
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