断の出来ないのであつた。どれか一つを抛つことが出来なかつたら二つとも抛つてしまはう。こんどはその方をのみ考へた。そして自分が居なくなつた後の男の身の上を考へた。あの人は学者だ。あの人の行くべき道は今僅ながら拓《ひら》けて来た。私と云ふものが傍に居るから、友人も同志もあの人に離れて居るけれど、独りになつてしまへば、誤解もとけ、嘲笑もきえる。あの人がもつて居る理性や聡明や智識も復活して来よう。平安閑適の一生があの人の今後に続くであらう。あの人は今私と一しよに殺すべき人でない。理想の人に実行を強ふべきものでない。私が一切を抛つて先づ此処を去る。これがあの人の為には最も善良な方法である。けれども別れた後の自分はどうなるのであらう。幾ばくもない余生ではあらうが、その間でも、寂しい、真暗な時間がどれほど続くかはしれないが、自分は果してそれに堪へ得るであらうか。堪へ得ぬときはどうしよう。死ぬ。さうだそれより外はない。私は死んでもあの人は助かる。私はどうしてもあの人を助けなければならない。ここまで纏めてすず子はほつとした。亨一が帰つて来たら之に基いた相談をしようと決心をして居つた。しかし之を云ひ出すに
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