亨一の帰りを出迎へたとき、その推想が中《あた》つて居ることを了《さと》つた。そして亨一の心中を想ひやつて気の毒に思ふ心のみが先に立つて居た。
「すず子さん。」帰つてから、挨拶の外は何も云はずに考へ込んで居た亨一は、女の名を呼んだ。極めて改まつた声であつた。
「私は貴方にお詑びします。私は生意気でした。金策の宛《あて》もないのに、無暗に意張《いば》つて、貴方の折角の決心を遮つた。もう貴方の自由に任せませう。どうならうとも私は異議がありません。」
 すず子はやるせない思ひで之を聞いて居た。
「私の決心は一昨日《おととひ》とは変つて居りません。それよりかも一歩進めて考へました。私は貴方と別れます。今日限り別れます。」
「それはどう云ふ訳で。」
「訳など聞いて下さいますな、後生《ごしやう》ですから、私はただ別れたいのです。貴方とかう云ふ間柄になつた初めのことを考へますと、やつぱり訳もなにもなかつたんですわねえ。だから別れるのにも訳はないことにしませう。」
「貴方と別れる位なら、私はこんな苦心をしやしないですよ。」
「さうです。それはようく私に分つて居ます。貴方がどれ丈け私を大切に思つて居て下さ
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