はお前か。」裁判長はこの白癡《ばか》らしい顔貌の持主に重ねて問うた。
「はい。」
「お前は一審で懲役一年に処せられたが、その判決が不服だと云ふので控訴したのか。」
「はい。」
「どこが不服だと云ふのだ。刑が重いと云ふのか。犯罪の事実が無いと云ふのか。」
「はい、あの私は切手を、切手をはぎとつたのでは………」
「よろしい。待て。」裁判長は記録を繰つてある頁《ぺえじ》の処に目をとめた。
「お前の生れはどこだ。」
「私の生れは…………」
「××県××郡名取村三百二十八番地だな」
「はい、いいえ、わとみ村であります。」
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(此被告発音頗る不明瞭なり、わとみとなとりとのききわけが出来ない程に不明瞭なり、此点一審の記録は既に誤りあり、今亦此裁判長も判別に苦しめり、此後とも被告の答弁に聞とれぬ発音多かるものと知るべし)
[#ここで字下げ終わり]
「なに、わとり村。」
「わとみ村であります。」
「わとみ、わは平和の和か。」
「はい。」
「とみは富《ふ》の字か。」
「はい。」
「和富村《わとみむら》三百二十八番地。よろしい。住所は」
「住所は…………」
「今ないのか。」
「はい。」
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