した。それが俺の外行《よそゆき》のときの冠《かんむり》とも衣服ともなつて、とにかく見かけだけは正確らしい姿にもなる。今夕《こんゆふ》はもう心の上に被《はを》つたものは脱ぎすて、素つ裸になつて、盛んに感情をのみ動かして居た。自分で動かさうと思つて動かしたのではないけれど、押石《おもし》をとれば接木《つぎき》の枝が刎《は》ねかへる様に、俺の感情も押石の理智が除かれたから、自《おのづか》ら刎ねかへつて、その恣《ほしいまま》な活動を起して来たのである。俺は又それを押へようとはしないで、むしろ其|迸《ほとばし》るが儘に任せて、ぢつと結局を見つめてやらうと思つた。
「何がそんなに不満なんだい。」俺は自ら心に問うて見た。こんなことを問うたつて誰が答へるものか。今俺の感情は甚だしく乱調になつて居るのだ。何をどうしようかと云ふやうなことの、筋道がどうして立て得られるものか。俺は滅茶苦茶に不満なんだ。今日逢つた奴等の顔から始めみんな面白くないんだ。
 彼は起き上つた。机に頬杖して黙つて硝子越しに庭先を見入つた。八坪程しかない庭の片隅に小さい檜葉《ひば》に交つた一本の山茶花が、薄色に咲いていかにもはかなげな
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