――机から、本箱から床の唐獅子からがけろりかんとして、「貴方はどなたです」と云つたやうな、俺とは全くなじみのない品物のやうであつた。俺はやけに風呂敷包を抛《はふ》り出して机の前に坐つて見た。火鉢の炭までが乱雑にくべられてある。「俺をこんな不愉快な目に遇はせて…………」と、俺は躍気《やくき》となつて妻と姉を呪つた。小女が「お着替《きかへ》なさいまし」と云つて来たとき、俺は「誰が着替なんぞするものか」と心の中で叫んで、あれの帰る迄此儘に居て、「これ見ろ」と見せつけてやらう。さうしたら幾分腹|癒《い》せになるであらう。こんなことを考へて居るうちに、俺は段段|悒欝《いううつ》な気分になつて来た。何でもかでも気掛《きがかり》になる様な心持がしてならない。妻が留守だと云ふことの不満の外に、より大きな不満や不安が俺の身辺を取捲いてる様にも感ぜられる。俺は意思で生きてゐる。感情には捉はれたことがない。俺は嘗て物に狂うたことがないと高言が出来る。いつもかう云つては居たもののそれは全く虚勢である。俺はかなり喜怒哀楽の変化の激しい人間である。ただ俺は法律を学んだ為に、秩序とか規律とか云ふものの精神を聊か知得
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