て開かれた公判廷に於て彼はいつも同じ態度同じ語調で被告を訊問した。出来ることならどの被告に向つても同じ問を発し、同じ答を得たいものだと希望して居るかの様にも思はれた。被告が幾十人あらうとも事件は一つである。彼はかう思つて単位を事件そのものに置くらしく、被告個々の思想や感情や意志は彼に多くの注意を費さすことではないらしいのであつた。三角形の底辺には長さがある。しかし頂点は只点である。すべての犯罪事実を綜合し帰納して了へば、原因動機発端経過は一点に纏る。曰く責任能力ある人が為した不法行為。彼はこの結論に到着してしまへばそれで任務は済むと思つて、底辺の長さを縮むることにのみ考を集めて居る。膠《にべ》烽ネい、活気もない、艶も光もない渋紙色した彼の顔面に相当する彼の声は、常に雑音で低調で、平板である。彼が顔面に喜怒哀楽の表情が少しも現れないと等しく彼の声にも常に何等の高低はない。もし彼の顔面筋の運動から彼の心情を読むことが不可能であるとするならばそれは彼の声調に就いてゞも亦同じことが想はれる。之れ彼の稟性《うまれつき》であるのか将修養の結果であるか。何れにせよ、此点だけは裁判長としての得難き特長
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