となれば、役目の上、疎虞懈怠《そぐかいたい》となる。昼の疲もあり、蒸々する晩でもあり、不寝番の控室てはとろとろと仮寝《うたたね》の鼾も出ようと云ふ真夜中に、けたゝましいもの音、やにはに飛出した囚人。怪しいと思ふよりも驚きに、驚きといふよりもむしろ怒に心の調子が昂つたのは蓋当然の事であつた。
 彼は再び独房へ押込められた。新に手錠をさへ嵌められた。起上り小法師をころがす様に、手のない人形は横倒しにされた。撲たれた痕の痛みはまたづき/\する。臂頭の辺は擦剥いたらしく、しく/\した痛を感ずるとともに、いくらか血も出た容子であつたが、手がきかないのでどうすることも出来なかつた。警官は叱責《こごと》やら、訓戒やらをがみ/\喚いて、やがて行つてしまつた。戸はばたりと閉つて、錠《ぢやう》かぴんと下された。開かれるときは此後永久に来ないかのやうに、堅い厳しい戸締の音が、囚人の頭に響いた。しかし今の動揺の為部屋中の空気は生々した。重い、沈んだ、真黒な気分がいくらか引立つて来た。彼は「夜の恐怖」からすつかり脱け出ることが出来たのであつた。それと同時に彼は自らを顧みた。さうして彼の惨めさを思つた。両手は括ら
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