たとも見えるが、それは彼の瞳が闇になれたからなのである。彼は暗を透してそこに何ものかを見出し、此無限の苦悶を紛らさうと思つた。何もない。壁と柱。扉の外に窓が一つある丈である。彼はほんのりと白い窓の障子に眼の焦点を集めた。何と云ふことなしにぢつとそれを見つめて居た。暫くすると窓がする/\と開いた。人の口のやうにかつきりと穴があいた。精一杯に押ひろげけ、から/\と笑つてゐる大きな人の口とも見えた。
「おや」彼は不思議に思つて、眼を拭つて見直した。窓はやつぱり窓の儘である。ぞつとして彼は俯伏《うつぶし》になつた。そして蒲団を頭から被つた。動悸が激しくし出して、冷い汗さへ肌ににじんだ。彼は死の怖しさよりも今夜の今が怖しくなつた。
「誰かに来て貰ひたい。」彼は一心にかう思つた。
彼は起き上つて戸を叩いた。どん/\叩いた。何か変事が起つたかと思はせるには此の上の方法はないのであつた。果して慌たゞしい物音がした。四つの乱れた靴の音と、佩劔の音とであつた。僅かの時間の間に戸の外にもの云ふ高い濁音までがして来た。彼はふら/\し乍らも戸の側に身を寄せて、錠の明くのを待ち構へて居た。
具合の悪い錠をこぢ
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