あける音がしてやがて戸が開いた。白服の警官が二人で、一人は提燈をかざして居つた。
「どうしたんだ。」尖つた声で一人がわめいた。彼は何事も耳にはいらない。只恐しいこの暗黒から、人の声と、火の光がして来たのを堪らず嬉しいと思つた。早くこの部屋から身をぬけ出したいと云ふ一念で、彼は戸のあくのを遅しと閾外《しきゐそと》へ飛び出した。もとよりどこへ行かうと云ふ宛などあるのではなかつた。
「こらつ。」警官は怒鳴つた。そして彼の襟がみをむづと引掴んだ。
「何をするんだ。」も一人の警官は提燈を抛り出して彼の前面に立ちはだかつた。
「生意気な真似をしやがるんだい。」
 太い拳が彼の頭の上にふつて来た。背中の辺りを骨も挫けとばかりにどやされた。彼は一たまりもなく地上《ぢべた》に倒れた。
 荒狂ふ嵐の前には彼は羽掻を蔵めた小雀であつた。籠から逃げようとは少しも考へては居なかつた。哀れむべき小雀は魂も消える許りに打倒れて、一言の弁解さへ口から出なかつた。誤解ではあるが、警官の方でも一時は肝を潰したのであつた。大切の召取人として彼等は厳重に監守する責任を負はされて居た。それか仮令百歩に足らぬ距離をでも、逃亡したとなれば、役目の上、疎虞懈怠《そぐかいたい》となる。昼の疲もあり、蒸々する晩でもあり、不寝番の控室てはとろとろと仮寝《うたたね》の鼾も出ようと云ふ真夜中に、けたゝましいもの音、やにはに飛出した囚人。怪しいと思ふよりも驚きに、驚きといふよりもむしろ怒に心の調子が昂つたのは蓋当然の事であつた。
 彼は再び独房へ押込められた。新に手錠をさへ嵌められた。起上り小法師をころがす様に、手のない人形は横倒しにされた。撲たれた痕の痛みはまたづき/\する。臂頭の辺は擦剥いたらしく、しく/\した痛を感ずるとともに、いくらか血も出た容子であつたが、手がきかないのでどうすることも出来なかつた。警官は叱責《こごと》やら、訓戒やらをがみ/\喚いて、やがて行つてしまつた。戸はばたりと閉つて、錠《ぢやう》かぴんと下された。開かれるときは此後永久に来ないかのやうに、堅い厳しい戸締の音が、囚人の頭に響いた。しかし今の動揺の為部屋中の空気は生々した。重い、沈んだ、真黒な気分がいくらか引立つて来た。彼は「夜の恐怖」からすつかり脱け出ることが出来たのであつた。それと同時に彼は自らを顧みた。さうして彼の惨めさを思つた。両手は括ら
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