吉日である。この日は旦那もわざわざ浜まで来て、仕込みを建てに行く漁夫たちの舟を見送った。網をつみこんだ親舟、それをとりまく小舟は威勢のいいかけ声と共にたちまち岸をはなれて行く。かねてから点検しておいた海上数百間の許可距離の位置に建網を投網するのだ。
 無事に投網を終え、――その夜は安着祝のときと同様、酒のふるまいがあった。
 仕込みを終えた翌日からは建込みの監視がはじまった。小舟にのった漁夫たちは、日のうちは投網した箇所をぐるぐるまわって、浮游した障害物が網にかかるのを注意する。鰊がくきるのは黄昏《たそがれ》から夜にかけてである。船頭と漁夫一同は、ようやく日も永くなって来た午後の四時前後には早くも夕飯を終えて磯舟に分乗し沖合に向って漕ぎいだす。建込みの場所にはかねて親舟が繋留してある。一同はその親舟にのりうつり、交代で小舟にのって、鰊の来游を監視するのであった。
 そうこうしているうちに、「初鰊」の報道がつたえられる。この町の帝国水産会の支部は、事務所の前の掲示板に墨くろぐろと初鰊の速報を書いてはり出した。町には見る見る活気がみなぎってくる。大漁を祈願する鐘や太鼓の音がひっきりなしにき
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