たなかった。それに心の底であてにしていた女が出て給仕をしないことがもの足らなかった。縁《ふち》の厚い大きな湯呑一杯で尽きてしまう冷酒を、ちょびりちょびりと舌の先でなめずりながら、むっとした顔を一層不満そうにふくらせて、互いに何か言いたげに目と目を合した。旦那の姿が消えると同時に、その不満ががやがやと騒々しい言葉になって吐き出された。「俺ア、ここの鰊場アはじめてよ。けちんぼうだのう。もう二度と来るこってねえだ。」とひとりが言った。「余市のな、〈サ漁場な、あすこへ行って見れで。着いた時と網おろしにゃ、なんぼでも呑ませっぞ。腰の抜けるぐれえ、呑ませっぞ。」と他の一人が言った。「この酒こ、水まぜてねえだか。」誰かがそういうとどっと笑い声が起った。監督と二人の親方に聞こえよがしに彼らは言うのだった。
 祝宴(?)がおわるとみんなは立上った。と、すぐそばにいた若い男が、源吉の横へずーっとよりそって来て、
「おい、行ぐべよ、な。」といって、にやにやと笑った。
「どこさよ。」
「どこさって……。わかっていべえに。おみきの匂いこかんだばしで、どうしてこれから去《い》んで寝られっけに。行ぐべな。」
「行ぐ
前へ 次へ
全53ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島木 健作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング