んとうの奥底は依然うかがい知るべくもないのであった。失われた自由がそれを拒んだ。太田は寂しい諦めを持つの外はなかった。――「僕は今までの考えを捨ててはいないよ」と語った岡田の一言は、すべてを物語っているかに見える。しかし、どんな苦しい心の闘いののちに、やはりそこに落ちつかなければならなかったか、という点になると依然として閉されたままであった。「僕は今までの考えをすててはいない、……」それは岡田の言うとおり、彼の何ものにも強制されない自由の声であることを太田は少しも疑わなかった。岡田にあっては彼の奉じた思想が、彼の温かい血潮のなかに溶けこみ、彼のいのちと一つになり、脈々として生きているのである。それはなんという羨《うら》やむべき境地であろう! 多少でも何ものかに強制された気持でそういう立場を固守しなければならず、無理にでもそこに心を落ちつけなければ安心ができないというのであれば、それは明らかに、彼の敗北である。しかし、そうでない限り、たといあのまま身体が腐って路傍に行き倒れても、岡田はじつに偉大なる勝利者なのである! 太田は岡田を畏敬し、羨望《せんぼう》した。しかしそうかといって、彼自身
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