があるようだ」そういって彼は考え深そうな目つきをした。
「ただこれだけのことははっきりと今でも君に言える。僕は身体が半分腐って来た今でも決して昔の考えをすててはいないよ。それは決して瘠せ我慢ではなく、また、何かに強制された気持で無理にそう考えているのでもないんだ。実際こんな身体になって、なお瘠せ我慢を張るんでは惨めだからね。――僕のはきわめて自然にそうなんだ。そうでなければ一日だって今の僕が生きて行けないことは君にもよくわかるだろう。……それから僕は、どんなことになっても決して、監獄で首を縊《くく》ったりはしないよ。自分で自分の身体の始末の出来る限りは生きて行くつもりだ」岡田はその時、持ち前の静かな低音でそれだけのことを言ったのである。

 その話をしてから一週間ほど経ったある日の午後、洋服の上に白衣を引っかけた一見して医者と知れる三人の紳士が突然岡田の監房を訪ずれたのであった。扉をあけて何かガヤガヤと話し合っている様子であったが、やがて「外の方が日が当って暖かくっていいだろう」というような声がきこえ、岡田を先頭に四人が庭に下り立って行く姿が見えた。而してそこで岡田の着物をぬがせ、彼は
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