をも別に示そうとはしなかった。しかし運動時間には互いに顔を見合わせて、無量の感慨をこめた微笑を投げ合うのであった。ただ、岡田の今示している落着きは決して喪心した人間の態度などでないことは明らかであり、むしろ底知れぬ人間の運命を見抜いているかのような、不思議な落着きをさえ示しているのだが――しかし、彼のこうした落着きの原因をなしているところのものは一体なんであろうか? という点になると彼に逢って話した後にも、太田には全然わからないのであった。おそらくそれは永久に秘められた謎であるかも知れない。――その後、太田はほんの短かい時間ではあったが、二、三度岡田と話す機会を持った。その話し合いの間に二人は、言葉遣いや話の調子までもうすっかり昔のものを取り戻していた。「君の今の気持ちを僕は知りたいんだが。……」聞きたいと思うことの適切な言い現わし方に苦しみながら、太田はその時そんな風に訊いてみたのであった。「僕の今の気持ちだって?」岡田は微笑した。「それは僕自身にだってもっと掘り下げてみなければわからないようなところもあるし……それにここでは君に伝える方法もなし、また言葉では到底いい現わし得ないもの
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