担当の老看守の戻って来る気はいを感じ、太田はさり気なく窓の下を退きながら、肝腎《かんじん》なことを聞くのを忘れていたことに気がついて訊《たず》ねたのであった。
「そして、君は何年だったんです」
「七年」
 七年という言葉に驚愕《きょうがく》しながら太田は監房へ帰った。七年という刑は岡田が転向を肯《がえん》じなかったこと、彼が敵の前に屈伏しなかったことを物語っている。彼の言葉によれば、控訴公判の始まる時にはもうレプロシイの診断がほぼ確定的であったというのだ。だが、彼の公判廷における態度が、その病気によってどうにも変らなかったことだけはたしかである。岡田との対話を一つ一つ思い出し、ことに眠れないようでは駄目だ、といった言葉や、最後の言葉の中なぞに、昔のままの彼を感じ、太田ははげしく興奮しその夜はなかなかに寝つかれないほどであった。
 その日から以後の太田は毎日の生活に生き生きとした張合いを感じ、朝起きることがたのしみとなった。岡田と一緒に同じこの棟の下に住むということが彼に力強さを与えた。岡田は太田と逢ったその日以後も、依然物静かで変った様子もなく、自分の方から積極的に接近しようとする態度
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