かた》くとざされた心にも、この愛すべき小鳥の声は、時としては何かほのぼのとした温《あたた》かいものを感じさせるのであった。それは多くは幼時の遠い記憶に結びついているようである。――時々まだ飛べない雀の子が巣から足をすべらして樋の下に落ちこむことがあった。親雀が狂気のようにその近くを飛びまわっている時、青い囚衣を着て腕に白布をまいた雑役夫たちが、樋の中に竹の棒をつっ込みながら何か大声に叫び立てている。それは高い窓からも折々うかがわれる風景であったが、ほんの一瞬間ではあるが、それは自分の現在の境遇を忘れさせてくれるに足るものであった。――五年という月日は長いが、すべてこれらの音の世界が残されている限りは、俺《おれ》も発狂することもないだろう、などと太田は時折思ってみるのであった。
 だが、何にも増して彼が心をひかれ、そしてそれのみが唯一の力とも慰めともなったところのものは、やはり人間の声であり、同志たちの声であった。
 その声はどんな雨の日にも風の日にも、これだけは欠くることなく正確に一日に朝晩の二回は聞くことができた。朝、起床の笛が鳴りわたる。起きて顔を洗い終ると、すぐに点検の声がかかる
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