。――すべてそれらの物音を、太田は飽くことなく楽しんだ。雑然たるそれらの物音もここではある一つの諧調《かいちょう》をなして流れて来るのである。人間同士、話をするということが、堅く禁ぜられている世界であった。灰色の壁と鉄格子の窓を通して見る空の色と、朝晩目にうつるものとてはただそれだけであった。だがそのなかにあって、なお自然にかもし出される音の世界はそれでもいくらか複雑な音いろを持っていたといいうるであろう。それも一つには、あたりが極端な静けさを保っているために、ほんのわずかな物音も物珍らしいリズムをさえ伴って聞かれるのである。――この建物の軒や横にわたした樋《とい》の隅《すみ》などにはたくさんの雀《すずめ》が巣くっていた。春先、多くの卵がかえり、ようやく飛べるようになり、夏の盛りにはそれはおびただしい数にふえていた。暁方空の白むころおいと、夕方夕焼けが真赤に燃えるころおいには、それらのおびただしい雀の群れが鉄格子の窓とその窓にまでとどく桐《きり》の葉蔭《はかげ》に群れて一せいに鳴きはやすのである。その奥底に赤々と燃えている(原文五字欠)を包んで笑うこともない、きびしい冷酷さをもって固《
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