体を腐らせつつあるのだろうか、などと考えながら思わず胸をついて出る吐息とともに空を眺めやると、小さな鉄格子の窓に限られたはるかな空は依然白い焔《ほのお》のような日光に汎濫《はんらん》して、視力の弱った眼には堪えがたいまでにきらめいているのであった。
ほぼ一と月もするうちに、単調なこの世界の生活の中にあって、太田は、いつしか音の世界を楽しむことを知るようになった。
彼の住む二階の六十五房は長い廊下のほぼ中央にあたっていた。この建物の全体の構造から来るのであろうか、この建物の一廓《いっかく》に起るすべての物音は自然に中央に向って集まるように感ぜられるのであった。その内部がいくつにも仕切られた、巨大な一つの箱のような感じのするこの建物の一隅に物音が起ると、それは四辺の壁にあたって無気味にも思われる反響をおこし、建物の中央部にその音は流れて、やがて消えて行くのである。――廊下を通る男たちの草履《ぞうり》のすれる音、二、三人ひそひそと人目をぬすんで話しつつ行く気はい、運搬車の車のきしむ響き、三度三度の飯時に食器を投げる音、しのびやかに歩く見まわり役人の靴音《くつおと》と佩剣《はいけん》の音
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