。戸に向って瘠《や》せて骨ばった膝《ひざ》を揃《そろ》えて正坐する時には、忘れてはならぬ屈辱の思いが今さらのようにひしひしと身うちに徹して感ぜられ、点検に答えて自分の身に貼《は》りつけられた番号を声高く呼びあげるのであった。欝結《うっけつ》し、欝結して今は堪えがたくなったものが、一つのはけ口を見出して迸《ほとば》しり出《い》ずるそれは声なのである。人々はこの声々に潜むすべての感情を、よく汲《く》みつくし得るであろうか。――太田はいつしかその声々の持つ個性をひとつひとつ聞きわけることができるようになった。――一九三×年、この東洋第一の大工業都市にほど近い牢獄《ろうごく》の独房は、太田と同じような罪名の下に収容されている人間によって満たされていたのだ。太田は鍛え上げられた敏感さをもって、共犯の名をもって呼ばれる同志たちがここでも大抵一つおきの監房にいることをすぐに悟ることができた。その声のあるものは若々しい張りを持ち、あるものは太く沈欝であった。その声を通してその声の主がどこにどうしているかをも知ることが出来るのであった。時々かねて聞きおぼえのある声が消えてなくなることがある。二、三日して
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