け取るたびごとに彼はいつも舌を捲《ま》いておどろいたのである。なんという精鋭な理論と、その理論の心憎いまでの実践との融合であろう! 彼が肝胆を砕いて錬《ね》り上げ、もはや間然するところなしとまで考えて提出する意見が、根本的にくつがえされて返される時など、自信の強かった太田は怫然《ふつぜん》として忿懣《ふんまん》に近いものすら感じた。しかし熟考してみればどんな場合にも相手の意見は正しく、彼はついには相手に比べて自分の能力のあまりにも貧しいことを悲しく思ったほどであった。それと同時に彼は思わず快心の笑みをもらしたのである。なんという素晴らしい奴が日本にも出て来たもんだ! それから太田は、今掃除したばかりと思うのに、もう煤煙《ばいえん》がどこからか入って来て障子の桟《さん》などを汚《よご》す大阪の町々のことを考え、それらの町のどこか奥ふかく脈々と動いているであろう不屈の意志を感じ――すると、腹の真の奥底から勇気がよみがえって来るのであった。この太田の意見書に対する返書の直接の筆者が岡田良造であったことを、捕われた後に、太田は取調べの間に知ったのである。
 太田の印象に残っている岡田の面貌はそ
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