田は当時、四貫島の、遠縁にあたる親戚《しんせき》の家の部屋を借りて住んでいた。二階の四畳半と三畳の両方を彼は使っていたので、その四畳半を岡田のために提供したのである。彼らは部屋を隣り合わせているというだけで、別に話をするでもなく、暮した。太田は朝早く家を出、遅《おそ》くなって帰る日が多いのでしみじみ話をする機会もなかったわけである。彼が夜遅く帰ってくると、岡田は寝ていることもあったが、光度の弱い電燈を低くおろして何かゴソゴソと書きものをしていることもあった。朝なども彼の起きるよりもまだ早くぷいと家を出て、一日帰らないような日もあった。そういう生活がほぼ一と月もつづき、めっきりと寒くなった十一月のある日の朝、岡田は家を出たきり、ついに太田のもとへは帰って来なかったのである。――何か事情があるのだろうとは思ったが、ちょうどその日の朝、何のつもりか岡田はまだ寝ている太田の部屋の唐紙《からかみ》を開けて見て、何かものを言いたげにしたが、そこに一枚のうすい布団を、柏餅《かしわもち》にして寝ている太田の姿を見ると、ほっ、と驚いたような声をあげてそのまま戸を閉《し》めてしまった。――それはちょうど、
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