切り出したのであった。――じつは今度、クウトベから同志がひとり帰って来たのだ。三年前に日本を発《た》った時には、ある大きな争議の直後で相当眼をつけられていた男だけに今度帰ってもしばらくは表面に立つことができない。それで当分日本の運動がわかるまで誰かの所へ預けたいが、労働組合関係の人間のところは少し都合がわるい、君は農民組合だし、それに表面は事務所で寝泊りしていることになっていて、四貫島の間借りは一般には知られていないから好都合だ。一と月ばかりどうかその男を泊めてやってくれないか、と中村は話すのであった。――よろしい、と太田が承知をすると、実は六時にそこの喫茶店で逢うことになっているのだ、とその場所へ彼を連れて行った。そこには、太田と同年輩の和服姿の男が一人待っており、二人を見るとすぐににこにこしだし、僕、山本正雄です、どうぞよろしく、と中村の紹介に答えて太田に挨拶をするのであった。――話をしているうちにその言葉のなかに、東北の訛《なま》りを感じ、質朴《しつぼく》なその人柄に深く心を打たれたが、その山本正雄が岡田良造であったことを太田はずっと後になって何かの機会に知ったのであった。
 太
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