病と相対しながら、ただ手を束《つか》ねて無為に過すことの苦しさは、隣りの男とでも話をする機会がなければ発狂するの外はないほどのものである。新入りの男はしかし、ただ一言の話をするでもなくまた報知機をおろして看守を呼ぶということもない。すべて与えられたもので満足しているのであろうか。何かを新しく要求する、ということとてもないのだ。しかも運動時間ごとに見るその顔は病気に醜く歪《ゆが》んではいるが、格別のいらだたしさを示すでもなく、その四肢は軽々と若々しい力に満ちて動くのである。
 太田が怪訝《けげん》に思うことの一つは、その男が今まで空房であった雑居房にただひとり入れられているということであった。今四人の患者のいる雑居房は八人ぐらいを楽に収容しうる大きさだから、彼をもそこに入れるのが普通なのである。その犯罪性質が、彼をひとりおかなければならぬものなのであろうか。それならば太田のすぐ一つおいて隣りの、今、村井源吉のいる独房に彼をうつし、村井を四人の仲間に入れるということもできるのである。村井の犯罪は何も独房を必要とする性質のものではないのだから。――ここまで考えて来た太田は、以前その男の顔を始
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