あてたものを再び見失ったような口惜《くや》しさを持ちながら、そのような夜は、明け方までそのまま目ざめて過すのがつねであった。
その新入りの癩病人についてはいろいろと不審に思われるふしが多いのである。彼はここへ来た最初の日からきわめて平然たる風をしており、その心の動きは、むしろ無表情とさえ見られるその外貌からは知ることができなかった。前からここにいる患者たちは、新入りの患者に対しては異常な注意を払い、罪名は何だろう、何犯だろう、などといろいろと取沙汰し合い、わけても運動の時間には窓の鉄格子につかまって新入者の挙動をじろじろと見、それから、ふん、と仔細らしく鼻をならし、どうもあれはどこそこの仕事場で見たような男だが、などといってはおのおのの臆測《おくそく》についてまたひとしきり囁きあうのである。新入者の方ではまた、すぐにこうした皆の無言の挨拶に答えてにこにこと笑って見せ、その時誰かがちょっとでも話しかけようものなら、すぐにそれに応じて進んでべらべらとしゃべり出し、自分の犯罪経歴から病歴までをへんに悲しそうな詠嘆的な調子で語って聞かせ、相手の好奇心を満足させるのであった。――だが今度の新入
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