を持って入る姿が見られた。「ああ、飴をなめるようじゃもう長くないな」ほかの病人たちはそれを見ながらひそひそと話し合うのだ。熱気に室内がむれて息もたえだえに思われる土用の夜更《よふ》けなどに、けたたましく人を呼ぶ声がきこえ、その声に起き上って窓から見ると、白衣の人が長い廊下を急ぎ足に歩いて行くのが見える。そのような暁方には必らず死人があった。重病人が二人ある時には、一方が死ねば間もなく他の一方も死ぬのがつねであった。牢死ということは外への聞えもあまりよくはない、それで役所では病人の引取人に危篤の電報を打つのであったが、迎いに来るものは十人のうちに一人もなかった。たとえ引取りに来るものがあったとしても、大抵は途中の自動車の中で命をおとすのである。――牢死人の死体は荷物のように扱われ、鼻や、口や、肛門《こうもん》やには綿がつめられ、箱に入れられて町の病院に運ばれ、そこで解剖されるのである。
暑気に中《あ》てられた肺病患者が一様に食欲を失ってくると、庭の片隅のゴミ箱には残飯が山のように溜り、それがまたすぐに腐って堪えがたい悪臭を放った。ちょっと側を通っても蝿《はえ》の大群が物すごい音を立てて
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