語らなかった。
「ねえ、太田さん、わたしは諦めようったって諦められないんだ。わたしはまだ二十五になったばかりです。そして社会では今まで何一つ面白い目は見ていないんです。今度出たら、今度シャバに出たらと、そればっかり考えていたら、そのとたんにこんな業病にかかってしまって……。私はばばアのいうとおり、なんとかして命だけは持って出て、出たら三日でも四日でもいい、思いっきりしたい放題をやって、無茶苦茶をやって、それがすんだら街《まち》のまん中で電車にでもからだをブッつけて死んでやるつもりです。嘘じゃありません、私はほんとうにそれをやりますよ」
全く心からそう思いつめているのであろう、涙でうるんだ声で話すその言葉には、じかに聞き手の胸に迫ってくるものがあって、太田は心の寒くなるのを感じ、声もなくいつまでも戸の前に立っていた。
4
冬がすぎ、その年も明けて春となり、いつかまた夏が巡って来た。
肺病患者の病室では病人がバタバタと倒れて行った。今まで運動にも出ていたものがバッタリと出なくなり、ずっと寝込んでしまうようになると、その監房には看病夫が割箸に水飴《みずあめ》をまきつけたの
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