房内にある二、三の、ぼろぼろになった書物の裏表紙などに折れ釘《くぎ》の先か何かで革命歌の一とくさりなどが書きつけてある謎《なぞ》が解けたのである。
「へえ、小林がいたんですかね、ここに、それであの男はどうしました」
「死にましたよ。お気を悪くなすっては困りますが、あなたの今いるその監房でです。引取人がなかったものですからね。薬瓶《くすりびん》で寝台のふちを叩きながら革命歌かなんか歌っているうちに死んじゃったのですが」
 いかにもアナーキストらしいその最後にちょっと暗い心を誘われるのであった。そして今、この男に向って病気のことについて尋ねたりするのは、痛い疵《きず》をえぐるようなもので残酷な気もするが、一方自分という話相手を得てしみじみとした述懐の機会を持ったならば、おのずから感傷の涙にぬれて、彼の心も幾分か慰められることもあろうか、などと考えられ、それとなく太田は聞いてみたのである。
「それで、あなたはいつからここへ来ているんです。いつごろから悪いんですか」
「わたしはこの病舎に来てからでももう三年になります。二区の三工場、指物《さしもの》の工場です、あそこで働いていたんですが急に病気
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