と坐ってじっとこちらを見ている眼に出っくわし、彼は思わずあッといってとびしさった。
 次の日彼が運動から帰って来た時には、その男は戸の前に立っていて、彼が通るのを見ると丁寧に頭を下げて挨拶《あいさつ》をしたのであった。その時太田ははじめてその男の全貌を見たのである。まだ二十代の若い男らしかった。太田はかつて何かの本で読んだ記憶のある、この病気の一つの特徴ともいうべき獅子面《ライオンフェース》という顔の型《タイプ》を、その男の顔に始めてまざまざと見たのであった。眼も鼻も口も、すべての顔の道具立てが極端に大きくてしかも平べったく、人間のものとは思われないような感じを与えるのである。気の毒なことにはその上に両方の瞼《まぶた》がもう逆転しかけていて、瞼の内側の赤い肉の色が半ば外から覗かれるのであった。
 太田が監房に帰ってしばらくすると、コトコトと壁を叩《たた》く音が聞え、やがて戸口に立って話しかけるその男の声がきこえて来た。
「太田さん」看守が口にするのを聞いていていつの間にか知ったものであろう、男は太田の名を知っていた。
「お話しかけたりして御迷惑ではないでしょうか。じつは今まで御遠慮して
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