ていて、右足の指が五本とも一つにくっついてのっぺりしていた。二十歳をすぎると間もなくこの病気が出、三池の獄に十八年いたのを始めとして、今の歳《とし》になるまで全生涯《ぜんしょうがい》の大半を暗いこの世界で過して来たというこの老人は、もう何事も諦《あきら》めているのであろうか、言葉少なにいつも笑っているような顔であった。時々、だが、何かの拍子に心の底にわだかまっているものがバクハツすると、憤怒《ふんぬ》の対象は、いつもきまって同居のかの壮年の男に向けられ、恐ろしい老人のいっこくさで執拗《しつよう》に争いつづけるのであった。
この四人が太田の二つおいて隣りの雑居房におり、最初太田はそれだけで、彼の一つおいて隣りの独房は空房であるとのみ思っていた。それほどその独房はひっそりとして静かであったのである。だが、そこにもじつは人間が一人いるのであった。運動に出はじめて間もなくのある日のこと、太田はその監房の前を通りしなに何気なく中を覗いてみた。光線の関係で戸外の明るい時には、外から監房内は見えにくいのであった。ずっと戸の近くまですりよって房内を見た時に、思いもかけず寝台のすぐ端に坊主頭がきちん
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