と聞かされた時、とうとう欝結していたものが一人の若者の口から迸り出た。「なに、忘れていたって! ようし思い出させてやるぞ!」雑居三房にこの二た月寝っきりに寝ていたひょろひょろした肺病やみの若者がいきなりすっくと立ち上った。あっけに取られている同居人を尻目にかけて、病み衰えた手に拳《こぶし》を握ると、素手で片っぱしから窓ガラスをぶっこわし始めたのである。恐ろしい大きな音を立ててガラスの破片が飛び散った。後難を恐れた同居人の一人が制止しようとして後ろから組みつくと、苦もなくはねとばされてしまった。物音に驚いた看守と雑役夫とがかけつけてようやく組み伏せるまで、若者は狂気のように荒れ狂った。後ろ手に縛り上げられた静脈のふくれ上った拳にはガラスの破片が突き刺さって鮮血で染まっていた。若者はそのまま連れて行かれ、三日間をどこかで暮して帰って来た。病人だからといっても懲罰はまぬがれ得なかったのである。ただそれが幾分か軽かったぐらいのものであろう。青い顔をして帰って来、監房へ入るとすぐに寝台の端に手をささえて崩折《くずお》れたほどであったが、無口な若者はそれ以来ますます無口になり、力のないしかし厳《き
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