よ、赤裏に。赤裏がまわって来た時に、かまうこたァない、恐れながらと直願をやるんですよ」この前科五犯のしたたか者の辛辣《しんらつ》な駁言《ばくげん》には一言もなかったが、なるほどその言葉どおりであった。頼んだ本はついに来なかった。そして二度目に逢《あ》った時、教誨師は忘れたもののごとくによそおい、こっちからいわれて始めて、ああ、と言い、何ぶん私の一存ばかりでも行かぬものですから、と平気で青い剃《そ》りあとを見せた顎を撫でまわすのであった。――読む本はなく、ある程度の健康は取り戻しても何らの手なぐさみも許されず、終日|茫然《ぼうぜん》として暗い監房内に、病める囚人たちは発狂の一歩手前を彷徨《ほうこう》するのである。
健康な他の囚人たちのここの病人に対するさげすみは、役人のそれに輪をかけたものであった。きまった雑役夫はあっても何かと口実を作ってめったに寄りつきはしなかった。仕方なく掃除だけは病人のうち比較的健康な一人が外に出て掃《は》いたり拭《ふ》いたりするのである。衣替えなどを請求してもかつて満足なものを支給されたためしはなかった。囚衣から手拭《てぬぐ》いのはしに至るまで、もう他では使用
前へ
次へ
全80ページ中21ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島木 健作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング