たも病気ですか、なんの病気なんです? そしていつからここに来ているんです」
明らかに軽蔑《けいべつ》されつき放された心細さに、いつの間にか意気地なくも相手に媚《こ》びた調子でものを言っている自分をさえ感じながら、太田はせき込んで尋ねたのであった。
「わしは五年いるよ」
「五年?」
「そうさ、一度ここへ来たからにゃ、焼かれて灰にならねえ限り出られやしねえ」
「あんたも病気なんですか、それでどこが悪いんです?」
男は答えなかった。くるっと首だけ後ろに向けて、ぼそぼそと何か話している様子だったが、またこっちを向いた。その時気づいたことだが、彼は別にふところ手をしている風にもないのだが、左手の袖《そで》がぶらぶらし、袖の中がうつろに見えるのであった。
「わしの病気かね」
「ええ」
「わしは、れ・ぷ・ら、さ」
「え?」
「癩病《らいびょう》だよ」
しゃがれた大声で一と口にスバリと言ってのけて、それから、ざまア見やがれ、おどろいたか、と言わんばかりの調子でヘッヘッヘッとひっつるような笑い声を長く引きながら監房の中に消えてしまった。その笑い声に応じて、今まで静かであった監房の中にもわっという叫び声が起り、急に活気づいたような話し声がつづいて聞えて来るのであった。すっかり惨《みじ》めに打ちひしがれた思いで太田は自分の寝台に帰った。いつか脂汗が額にも背筋にもべとべととにじんでいた。わきの下に手をあててみると火のように熱かった。二、三分、狭い監房の中を行ったり来たりしていたが、それから生温《なまぬる》い水にひたした手ぬぐいを額にのせてぐったりと横になり、彼は暁方までとろとろと夢を見ながら眠った。
3
朝晩吐く痰に赤い色がうすくなり、やがてその色が黒褐色《こっかっしょく》になり、二週間ほど経って全然色のつかない痰が出るようになり、天気のいい日にはぶらぶら運動にも出られるようになったころから、ようやく太田にはこの新らしい世界の全貌《ぜんぼう》がわかって来たのである。ここへ来た最初の日、雑居房の大男が、「ハイかライか?」と突然尋ねた言葉の意味もわかった。この隔離病舎の二棟のうち、北側には肺病患者が、南側には癩病患者が収容せられているのであった。癩病人と棟を同じくしている肺病患者は太田だけで、南側の建物の一番東のはしにただひとりおかれていた。
社会から隔離され忘れられて
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