感ぜられるやうになつた。さういふある日の午後少し※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つた頃、太田は張り終へた封筒を百枚づつせつせと束にこしらへてゐた。
彼の一日の仕上高、ほぼ三千枚見當にはまだだいぶ開きがあつた。殘暑の激しい日光を全身に受けてせつせと手を運ばせてゐると、彼はにはかに右の胸部がこそばゆくなり、同時に何か一つのかたまりが胸先にこみあげてくるのを感じたのである。何氣なく上體をおこす途端に、そのかたまりはくるくると胸先をかけ巡り、次の瞬間には非常な勢で口の中に迸り出て、滿ち溢れた餘勢で積み重ねた封筒の上に吐き出されたのであつた。
血だ。
ぽつたりと大きな血塊が封筒のまん中に落ち、飛沫がその周圍に霧のやうに飛んだ。それはほとんど咳入ることもなく、滿ち溢れたものが一つのはけ口を見出して流れ出たやうに極めて自然に吐き出された。だが次の瞬間には恐ろしい咳込みがつゞけさまに來た。太田は夢中で側の洗面器に手をやりその中に面をつつこんだ。咳はとめどもなく續いた。その度ごとに血は口に溢れ、洗面器に吐き出された。血は兩方の鼻孔からもこんこんとして溢れ、そのために呼吸が妨げられるとそれ
前へ
次へ
全77ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島木 健作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング