とほり、彼の何ものにも強制されない自由の聲であることを太田は少しも疑はなかつた。岡田にあつては彼の奉じた思想が、彼の温かい血潮のなかに溶けこみ、彼のいのちと一つになり、脈々として生きてゐるのである。それはなんといふ羨やむべき境地であらう! 多少でも何ものかに強制された氣持でさういふ立場を固守しなければならず、無理にでもそこに心を落ちつけなければ安心ができないといふのであれば、それは明かに彼の敗北である。しかし、さうでない限り、たとひあのまゝ身體が腐つて路傍に行倒れても、岡田はじつに偉大なる勝利者なのである! 太田は岡田を畏敬し、羨望した。しかしさうかといつて、彼自身は岡田のやうな心の状態には至り得なかつた。岡田の世界は太田にとつてはつひに願望の世界たるに止まつたのである。――そこにも彼は又寂しい諦めを感じた。
刑務所の幹部職員の會議では、太田と岡田とを一つ棟におく事について問題になつてゐるといふことであつた。さうした噂さがどこからともなく流れて來た。二人が立話をしてゐたのを、一度巡囘の看守長が遠くから見て擔當看守に注意をしたことがあつたのである。二人を引きはなす適當な處置が考へられて
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