は今までにかつてない恐怖の念をもつて運動中のかの男を見たのである。初めは恐る/\偸み見たが、次第に太田の眼はぢつと男の顏に釘づけになつたまゝ動かなかつた。さういはれて見れば成程この癩病患者は岡田なのだ。だが、昔毎日彼と顏をつき合して暮してゐた人間でさへも、さういはれて見て改めて見直さない限りそれと認める事はできないであらう。今、心を落着けてしみじみと見直してみると、廣い拔け上つた額と、眼と眉の迫つた感じに、わづかに昔の岡田の面影が殘つてゐるのみなのである。廣い額は、その昔は、その上に亂れかゝつてゐる長髮と相俟つて卓拔な俊秀な感じを見る人に與へたが、頭髮がうすくまばらになり、眉毛もそれとは見えがたくなつた今は、かへつて逆にひどく間のぬけた感じをさへ與へるのであつた。暗紫色に腫れあがつた顏は無氣味な光澤を持ち、片方の眼は腫れふさがつて細く小さくなつてゐた。色の褪せた囚衣の肩に、いくつにも補綴《つぎ》があててあり、大きな足が尻の切れた草履からはみ出してゐる姿が、みじめな感じを更に増してゐるのであつた。本人は常日頃と變りなく平氣でスタスタと早足に歩き、時々小走りに走つたりして、その短かい運動時
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