つて働く事になつた。同じ年の春、この國を襲つた金融恐慌の諸影響は、漸くするどい矛盾を農村にもたらしつゝあつたのである。太田は幾つかの大小の爭議を指導しやがて正式に(原文二字缺)となつた。彼は大阪に存在すると思はれる上部機關に對して絶えず意見を述べ、複雜で困難な農民運動の指導を仰いだ。而してそれに對する返事を受取る度毎に彼はいつも舌を捲いておどろいたのである。なんといふ精鋭な理論と、その理論の心憎いまでの實踐との融合であらう! 彼が肝膽を碎いて錬り上げ、もはや間然するところなしとまで考へて提出する意見が、根本的にくつがへされて返される時など、自信の強かつた太田は怫然として忿懣に近いものすら感じた。しかし熟考して見ればどんな場合にも相手の意見は正しく、彼は遂には相手に比べて自分の能力の餘りにも貧しい事を悲しく思つたほどであつた。それと同時に彼は思はず快心の笑をもらしたのである。なんといふ素晴らしい奴が日本にも出て來たもんだ! それから太田は、今掃除したばかりと思ふのに、もう煤煙がどこからか入つて來て障子の棧などを汚す大阪の町々のことを考へ、それらの町のどこか奧ふかく脈々と動いてゐるであらう
前へ 次へ
全77ページ中57ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島木 健作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング