月のある日の朝、岡田は家を出たきり、つひに太田の許へは歸つて來なかつたのである。――何か事情があるのだらうとは思つたが、丁度その日の朝、何のつもりか岡田はまだ寢てゐる太田の部屋の唐紙を開けて見て、何かものを言ひたげにしたが、そこに一枚のうすい布團を、柏餅にして寢てゐる太田の姿を見ると、ほつ、と驚いたやうな聲をあげてそのまゝ戸を閉めてしまつた。――それは丁度、二枚しかなかつた布團の一枚を、寒くなつたので岡田に貸したその翌日だつたので、自分の柏餅の寢姿を見て、案外氣立ての柔《やさ》しさうな岡田の事ゆゑ、氣の毒がつて他所へ移つたのかも知れない、などとも太田には考へられるのであつた。心がかりなので二三日してから中村に逢つて尋ねると、彼はすつかり合點して、「いや、いいんだ、今日あたり君に逢つて話さうかと思つてゐた所だよ。奴も落着く所へ落着いたらしいんだ。長々ありがたう。」といふのであつた。――一九二×年十一月、日本の黨は漸くその巨大な姿を現しかけ、大きな決意を抱いて歸つた山本正雄こと岡田良造は、その重要な部署に着くために姿をかくしたのである。
 丁度それと前後して太田は大阪を去り、地方の農村へ行
前へ 次へ
全77ページ中56ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島木 健作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング