時にそこの喫茶店で逢ふことになつてゐるのだ、とその場所へ彼を連れて行つた。そこには、太田と同年輩の和服姿の男が一人待つて居り、二人を見ると直ににこ/\し出し、僕、山本正雄です、どうぞよろしく、と中村の紹介に答へて太田に挨拶をするのであつた。――話をしてゐるうちにその言葉のなかに、東北の訛りを感じ、質朴なその人柄に深く心を打たれたが、その山本正雄が岡田良造であつた事を太田はずつと後になつて何かの機會に知つたのであつた。
 太田は當時、四貫島の、遠縁にあたる親戚の家の部屋を借りて住んでゐた。二階の四疊半と三疊の兩方を彼は使つてゐたので、その四疊半を岡田のために提供したのである。彼等は部屋を隣り合せてゐるといふだけで、別に話をするでもなく、暮した。太田は朝早く家を出、遲くなつて歸る日が多いのでしみじみ話をする機會もなかつたわけである。彼が夜遲く歸つてくると、岡田は寢てゐることもあつたが、光度の弱い電燈を低くおろして何かゴソゴソと書きものをしてゐることもあつた。朝なども彼の起きるよりもまだ早くぷいと家を出て、一日歸らないやうな日もあつた。さういふ生活がほぼ一月もつゞき、めつきりと寒くなつた十一
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