で繰り返し始めたのである。――あのみじめな癩病患者が同志岡田良造の捕はれて後の姿であらうとは!
混亂した頭腦が次第に平靜に歸するにつれて、囘想は太田を五年前の昔につれて行つた。――その頃太田は大阪に居て農民組合の本部の書記をしてゐた。ある日、仕事を終へて歸り仕度をしてゐると、勞働組合の同志の中村がぶらりと訪ねて來た。一寸話がある、と彼はいふのだ。二人は肩を竝べて事務所を出た。ぶらぶらと太田の間借りをしてゐる四貫島の方へ歩きながら、話といふのは外でもないが、と中村は切り出したのであつた。――じつは今度、クウトベから同志がひとり歸つて來たのだ。三年前に日本を發つ時には、ある大きな爭議の直後で相當眼をつけられてゐた男だけに今度歸つても暫くは表面に立つ事ができない。それで當分日本の運動がわかるまで誰かの所へ預けたいが、勞働組合關係の人間のところは少し都合がわるい、君は農民組合だし、それに表面は事務所に寢泊りしてゐる事になつてゐて、四貫島の間借りは一般に知られてゐないから好都合だ。一月ばかり、どうかその男を泊めてやつてくれないか、と中村は話すのであつた。――よろしい、と太田が承知すると、實は六
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