にか曾つて自分の出會つた事のある同志の一人の變り果てた姿に違ひはないのだ!
太田はかの癩病人が、自分の同志の一人であらう、といふ考へを幾度か抛棄しようとした。すべての否定的な材料を色々と頭の中にあげて見て、自分の妄想を打破らうと試みた。そして安心しようとするのであつた。太田はあの淺ましい癩病人の姿が、自分の同志であるといふことを斷定する苦痛に到底堪へる事はできまいと思はれた。しかし又他の一方では、確かに彼が同志であるといふ事を論證するに足る、より力強い幾つかの材料を次々に擧げる事もできるのである。彼は何日かの間のこの二つの想念の鬪ひにへとへとに疲れはてたのであつた。その間かの男は毎日思ひ出せさうで思ひ出せないその顏を、依然運動場に運んで來るのである……。
だが、物事はいや應なしに、やがては明かにされる時が來るものである。その男がこゝへ來て一月餘りを經たある日、手紙を書きに監房を出て行つた村井源吉がやがて歸つてくると、聲をひそめてあわただしく太田を呼ぶのであつた。
「太田さん、起きてますか。」
「あゝ、起きてますよ、何です。」
「例の一房の先生ね、あの先生の名前がわかりましたよ。」
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