れでもいくらか複雜な音《ね》いろを持つてゐたといひうるであらう。それも一つには、あたりが極端な靜けさを保つてゐるために、ほんのわづかな物音も物珍らしいリズムをさへ伴つて聞かれるのである。――この建物の軒や横にわたした樋の隅などにはたくさんの雀が巣くつてゐた。春先、多くの卵がかへり、やうやく飛べるやうになり、夏の盛りにはそれはおびたゞしい數にふえてゐた。曉方空の白む頃ほひと、夕方夕燒けが眞赤に燃える頃ほひには、それらのおびたゞしい雀の群が鐵格子の窓とその窓にまでとどく桐の葉蔭に群れて一せいに鳴きはやすのである。その奧底に赤々と燃えてゐる(原文五字缺)を包んで笑ふこともない、きびしい冷酷さをもつて固くとざされた心にも、この愛すべき小鳥の聲は、時としては何かほのぼのとした温かいものを感じさせるのあつた。それは多くは幼時の遠い記憶に結びついてゐるやうである。――時々まだ飛べない雀の子が巣から足をすべらして樋の下に落ちこむことがあつた。親雀が狂氣のやうにその近くを飛びまはつてゐる時、青い囚衣を着て胸に白布をまいた雜役夫たちが、樋の中に竹の棒をつゝ込みながら何か大聲に叫び立ててゐる。それは高い窓か
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