の患者たちは失望した。靜かではあるが、どこか人もなげにふるまつてゐるやうな落着き拂つたその男の態度に、彼らは何かしらふてぶてしいものを感じ、つひには、へん、高くとまつてゐやがる、といつた輕い反感をさへ抱くやうになり、白い眼を光らしてしれり/\と男の横顏をうかゞつて見るのであつた。
 靜かと言へばその男のこゝでの生活は極端に靜かであつた。一日に一度の運動か、時たまの入浴の時ででもなければ人々は彼の存在を忘れがちであつた。だだつ廣い雜居房にただひとり、男は一體何を考へてその日その日を暮してゐるのであろうか。書物とてこゝには一册もなく、耳目を樂します何物もなく、一日々々自分の肉體を蝕ばむ業病と相對しながら、ただ手を束ねて無爲に過すことの苦しさは、隣りの男とでも話をする機會がなければ發狂するの外はないほどのものである。新入の男はしかし、唯一言の話をするでもなく又報知機をおろして看守を呼ぶといふこともない。すべて與へられたもので滿足してゐるのであらうか、何かを新しく要求する、といふこととてもないのだ。しかも運動時間ごとに見るその顏は病氣に醜く歪んではゐるが、格別のいらだたしさを示すでもなく、その
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