端に、あゝ、またあれ[#「あれ」に傍点]が來る、といふ豫感に襲はれて太田はすつかり青ざめ、恐怖のために四肢がわなわなとふるへてくるのであつた。彼は半身を起してぢつとうづくまつたまゝ心を鎭めて動かずにゐた。すると果してあれ[#「あれ」に傍点]が來た。どつどつどつと遠いところからつなみでも押しよせて來るやうな音が身體の奧にきこえ、それが段々近く大きくなり、やがて心臟が破れんばかりの亂調子で狂ひはじめるのだ。身體ぢうの脈管がそれに應じて一時に鬨の聲をあげはじめ、血が逆流して頭のなかをぐるぐるかけ巡るのがきこえてくる。齒を食ひしばつてぢつと堪へてゐるうちに眼の前がぼーつと暗くなり、意識が次第に痺れて行くのが自分にもわかるのである。――暫くしてほつと眼の覺めるやうな心持で我に歸つた時には、激しい心臟の狂ひ方は餘程治まつてゐたが、平靜になつて行くにつれて、今度はなんともいへない寂しさと漠然とした不安と、このまゝ氣が狂ふのではあるまいかといふ強迫觀念におそはれ、太田は一刻もぢつとしては居れず大聲に叫び出したいほどの氣持になつて一氣に寢臺を辷り下り、荒々しく監房のなかを歩きはじめるのであつた。手と足は
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