會をするのであらうか。氣をつけて見ると、この病舍には別に面會所とてないのである。庭の片隅のなるべく人目にかゝらない所ですますらしいのである。面會に來たのは杖をつき、腰の半ば曲つた老婆であつた。黄色い日の弱々しく流れた庭の一隅に、影法師をおとして二人は向ひ合つて立つてゐる。老婆はハンケチで眼をおさへながら何かくどくどとくりかへしてゐるやうだ。やがてものの十五分も經つと、立會の看守は時計を出して見、二人の間をへだて、老婆を連れて向ふへ立去つて行つた。男は立つて、壁のかげに隱れるその後姿を見送つてゐたが、やがて擔當にうながされて歸つて來た。
「太田さん、太田さん、」監房へ入るとすぐに男はおろおろ聲でいふのであつた。「ばばァはね、うちのばばァはたとへからだが腐つても死なないで出て來いといふんです。それまではばばァも生きてゐる、死ぬ時には一しよに死ぬから短氣な眞似はするなつて、くり返しくり返しばばァはいふんです……。」
それから今度は聲を放つて彼は泣き出したのである。――とぎれとぎれの話の間に、太田は男の名を村井源吉といひ、犯罪は殺人未遂らしく、五年の刑期だといふことだけを知ることができた。あ
前へ
次へ
全77ページ中33ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島木 健作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング