たでせう、え、御覽になつたでせうね、そしてさぞ驚かれたことでせう、眼が……、眼がもうひつくりかへつて來たのです。赤眼になつて來たのです。丁度子供が赤んべえをしてゐる時のやうな眼です。それからは私ももう諦めてゐます。こはい病氣ですね、こいつは。何しろ身體が生きながら腐つて行くんですからね。どうもこいつには二通りあるやうです。あの四人組の一人のおとつっあん、あの人のやうに肉がこけて乾からびていくのと、それはまだいいが、ほんとに文字どほり腐つて行く奴とです。そしてどうもわたしのはそれらしいのです。それでゐて身體には別になに一つわるいところはないのです。男などはかへつて丈夫になつて、人一倍よけいに食ふし……、餓鬼です、全くの餓鬼です。業病ですね。何といふ因果なこつたか……。」
 急迫した調子で言つて來たかと思ふと、バツタリと言葉がとだえた。どうやら泣いてゐるらしい。いい加減な慰めの言葉などは輕薄でかけられもせず、いひやうのない心の惑亂を感じて太田はそこに立ちつくしてゐた。丁度その時靴音がきこえ、その男の監房の前に來て立ちどまり、戸を開けて、面會だ、と告げたのである。
 男は出て行つた。どこで面
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