嬉々として笑ひ興じてゐる姿などは、一層見る人の哀れさをそそるのである。――壯年の男は驚くほどに巖丈な骨組みで、幅も厚さも並はづれた胸の上に、眉毛の拔け落ちた猪首の大きな頭が、兩肩の間に無理に押し込んだやうにのしかゝつてゐるのである。飛び出した圓い大きな眼は、腐りかけた魚の眼そのまゝであつた。白眼のなかに赤い血の脈が縱横に走つてゐる。その巖丈な體躯にもかゝはらず、どうしたものか隻手で、殘つた右手も病氣のために骨がまがりかけたまゝで伸びず、箸すらもよくは持てぬらしいのであつた。彼は監房内にあつて、時々何を思ひ出してか、おおつと唸り聲を發して立ち上り、まつ裸になつて手をふり足を上げ、大聲を出しながら體操を始めることがあつた。その食慾は底知れぬほどで、同居人の殘飯は一粒も殘さず平らげ、秋から冬にかけては、しばしば暴力をもつて同居人の食料を強奪するので、若い他の二人は秋風が吹く頃から、又一つ苦勞の種がふえるのであつた。――そしてこの男は、時々思ひ出したやうに、食ひものと女とどつちがええ[#「ええ」に傍点]か、今こゝに何でも好きな食ひものと、女を一晩抱いて寢ることとどつちかをえらべ、といはれたら、
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