にかけて、病み衰へた手に拳を握ると、素手で片つぱしから窓ガラスをぶつこはし始めたのである。恐ろしい大きな音を立ててガラスの破片が飛び散つた。後難を恐れた同居人の一人が制止しようとして後から組みつくと、苦もなくはねとばされてしまつた。物音に驚いた看守と雜役夫とがかけつけて漸く組み伏せるまで、若者は狂氣のやうに荒れ狂つた。後手に縛り上げられた靜脈のふくれ上つた拳にはガラスの破片が突き刺さつて鮮血で染まつてゐた。若者はそのまゝ連れて行かれ、三日間をどこかで暮して歸つて來た。病人だからといつても懲罰はまぬがれ得なかつたのである。ただそれが幾分か輕かつたぐらゐのものであらう。青い顏をして歸つて來、監房へ入るとすぐに寢臺の端に手をさゝへて崩折れたほどであつたが、無口な若者はそれ以來益々無口になり、力のないしかし嚴しい目つきでいつまでもぢつと人の顏を見つめるやうになり、間もなく寒くなる前に死んでしまつた。
さきに言つたやうに、太田は癩病患者と棟を同じくして住んでゐた。
半ば物恐ろしさと半ば好奇心とから、彼はこの異常な病人の生活を注目して見る樣になつた。――雜居房の四人の癩病人は、運動の時間が來る
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